大津ジャズ日誌 第3回

みなさん今日は。大津初心者の宗純です。

大津といえば京阪電車です。今回は石山寺から比叡山坂本までを結ぶ石坂線に乗ってみましょう。
民家すれすれに走る区間があれば、自然に囲まれた区間もあり、浜大津と三井寺の間の1区間は路面電車にもなるし、石坂線は大変に表情が豊かな路線です。

最初は浜大津から乗り込みましょう。
でも電車に乗る前に、歩道橋の上から京津線の入線の様子を観察することをお忘れなく。
京都では市営地下鉄として走っていた4両編成の電車が、道の真ん中を堂々と走っている姿は、いつ見てもうれしくなります。
ここ浜大津は鉄道ファンの間ではけっこう有名な場所なのです。
私がここに住もうと思った大きな理由の一つもこの辺りにあります。

さて、今回は次々に変化する車窓の風景を楽しむことを主たる目的としましょう。
普段歩いているとき、視界は徐々にしか変化しません。電車に乗ると視界は次々に、移り変わっていきます。
よく子供が座席に後ろ向きに座って、飽きずにいつまでも景色を見ています。
今回は移り変わりのスピード感を楽しみましょう。

お供をしてくれるのは、ジョン・コルトレーンの1959年のアルバム「ジャイアント・ステップス」です。
石坂線を往復すると軽く1時間以上はかかりますが、その間このアルバムを繰り返し聴くことにしましょう。
最初は石山寺方面に行きましょう。はじめのうち左側に琵琶湖がときどき見えるはずです。

1曲目の「ジャイアント・ステップス」でコルトレーンの驚異的な速さのテナーサックスに度肝を抜かれます。
「シーツ・オブ・サウンド」と呼ばれている手法です。目まぐるしい速さで行われるコードチェンジに、ピアノの伴奏が置いてきぼりになりかかっています。

このアルバムはコルトレーンの超人的なエネルギーを味わうためにこそあるのです。
全曲彼のオリジナルなのですが、難解な曲は一つもなく、テーマは覚えやすいものばかりです。
ところがいざアドリブの部分になると爆発的なコルトレーンのソロに、聴いている方は圧倒されっぱなしです。

この数年後から、彼の音楽は急速にフリージャズへと傾斜していきます。
延々と難解なフレーズを繰り出す、いわゆる前衛ジャズのリーダーの一人となりました。

  私が学生の頃はジャズ喫茶全盛時代でした。
  私語は絶対禁止。無言でうつむいて、ジャズを楽しむというよりは「お勉強」をする感覚です。
  その頃は、コルトレーンといえば神様です。まるで教祖様のお説教を拝聴するかのようにコルトレーンの音楽を聴く、
  なんて風潮もありました。ジャズ喫茶の店主もコーヒー一杯で何時間もねばられては商売になりません。
  満席になるとわざと難解な曲をかけて客を追い出すなんていう荒業を平気でやっていました。
  でも私はその頃に耳が鍛えられたせいで、ジャズの楽しみ方が幅広くなりました。

電車の中で2時間もコルトレーンのアルバムを聞き続ければ、あなたもジャズ耳が相当に鍛えられ、もっとジャズが楽しめるはずですよ。

大津ジャズ日誌 第2回

 みなさん今日は。大津初心者の宗純です。
 
 今回は大津港から琵琶湖汽船のミシガンに乗船することにしましょう。

 ところで、なんで「琵琶湖丸」とかじゃなくて、「ミシガン」なんでしょうか?
 どうやら大津市とアメリカのミシガン州のランシング市とは長らく国際交流を深めている関係にあるからということです。

 ミシガンは映画「ショウ・ボート」に出てくるような外輪船で、2本の大きな煙突が目印です。沖合い遠くにいても、この大きな煙突で、すぐにミシガンとわかります。

 ミシガンクルーズはおよそ90分の時間ですので、お供にするアルバムは2枚。
 1枚目はハービー・ハンコックの1965年のアルバム「処女航海」。
 お次は黒人女性ジャズボーカリスト、サラ・ヴォーンの1954年のアルバム「サラ・ヴォーン・ウイズ・クリフォード・ブラウン」です。

  さあ乗船しましょう。スタッフ・クルーによる元気一杯のお見送りのセレモニーは、恥ずかしさを忘れ、子供になった気持ちで参加しましょう。

 さて1曲目の「処女航海」。ハービー・ハンコックの曲の中ではもっとも有名な1曲です。
 タイトルのように新たな船出を思わせるスローテンポな曲で、ミシガンがその大きな船体をゆっくりと始動させる場面にぴったりです。
 2曲目の「ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン」で船は嵐に遭い、さまざまなドラマが展開しますが、5曲目の「ドルフィンダンス」で船は無事に港に入港します。

 このアルバムには最初から最後まで一貫したストーリーが描かれています。
 人生の新たな船出を迎える若者でも、これまでの人生を振り返ろうとする中年以降の方でも、それぞれの味わい方、楽しみ方ができる、非常に完成されたアルバムだと思います。
 私も学生の頃からこれまでおよそ40年間、何度も繰り返し聴いていますが、そのたびに新しい音が聴こえてきたり、新しい感覚を味わったりしています。

 ミシガンが雄琴沖あたりまで進むあたりから、2枚目のアルバムを聴き始めましょう。

 まず1曲目の「バードランドの子守唄」。黒人女性ジャズボーカルのお手本のような曲です。
 豊かな声量、ハスキーな声質、表情を自由自在に変化させるテクニック。この頃のサラ・ヴォーンは無敵でした。あまり上手すぎて彼女が嫌いなジャズファンもいるほどです。

 2曲目の「エイプリル・イン・パリス」は一転してしっとりしたスローバラード。
 ピアノだけの伴奏で歌うサラも素晴らしいですが、クリフォード・ブラウンとの掛け合いも聴き所です。
 クリフォード・ブラウンは1956年、わずか25歳で自動車事故のためこの世を去っています。ブリリアントという言葉がもっともふさわしい音を出した不世出の天才トランペッターでした。

 サラ・ヴォーンの歌声に酔わされているうちに、ミシガンは大津港に近づいてきました。
 花噴水もライトアップされています。下船したらアーカスでお食事でもいかがですか?

大津ジャズ日誌 第1回

 みなさん今日は。2か月前に大津市民になったばかりの宗純です。
 大津ジャズフェスティバルの実行委員の先輩方から、大津初心者の目線で大津の町並みや自然のことを書くようにという依頼があり、何回かに分けて大津とジャズのことを書いていこうと思います。

 今時刻は7月4日の午前0時24分。さっきまで大津港からなぎさ公園にかけて1時間ほど散歩して、今戻ったばかりです。天気は晴れ。窓の外はかすかに風の音が聞こえます。
 大津は空が広いところです。町全体が琵琶湖に向かってゆるやかに傾斜しているので、町のどこでも琵琶湖を正面にして立ち、上を見上げれば、大空が広がっています。
 京阪浜大津駅の改札を抜けてすぐ視界にはいる琵琶湖の水の深い青と、どこまでも続く空のスカイブルー。
 この場所が10月15日(土)、16日(日)にはジャズフェスの会場となります。

 ジャズのアルバムや曲名の中で一番多く使われている色といえばもちろんブルーです。 

 マイルス・デイビスの1959年のアルバム「カインド・オブ・ブルー」。
 夕方このアルバムを聴きながら大津港から湖岸をパルコ方面に向かって歩いてみましょう。
 1曲目の「ソー・ホワット」を聴きながら、琵琶湖汽船のミシガンの出航風景を眺められたら、何と素敵なことでしょう。

 3曲目が始まる頃、湖の中に沖合いまで橋が伸びているのが見えるはずです。
 さあ遠慮せず一番先まで歩いてみましょう。
 今あなたのまわりには釣りを楽しむ若者たちと、カップルが何組かいることでしょう。

 3曲目は「ブルー・イン・グリーン」。スローテンポの幻想的な曲です。

 2曲目までは控えめに伴奏に徹していたビル・エバンスのリリカルなイントロ。
 螺旋を描いて下に落ち込んでいくような、あまりにも美しすぎるそのイントロに聴き惚れてしまったのか、名手マイルス・デイビスも自分の出るタイミングを忘れてしまったという逸話が残っています。
 もしかしたらマイルスもビル・エバンスのピアノをずっと聴いていたかったのかも知れない。そんなことを思わせるほど、この曲でのビル・エバンスの演奏は素晴らしいものです。

 この橋の先端からは比叡山がよく見えるはずです。
 比叡の山並みの濃い緑色と湖面の青色、日没後に赤みを帯びていく空の青色。
 それらを「ブルー・イン・グリーン」を聴きながら、ぜひ味わってみてください。

 5曲目の「フラメンコ・スケッチ」が聴こえる頃には、右手におしゃれな4軒のカフェが見えてくることでしょう。
 あなたのお好みにあったお店でコーヒーでも飲みながら、比叡山に夕日が沈んでいくのをゆっくりと眺めてください。

 このマイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」は、それまでのハード・バップとは異なる、モード・ジャズを新たに完成させたといわれていますが、音楽理論はともかく、その違いは耳で聴けばすぐわかります。

開放的で自由な感じ。それでいてどこか不思議な雰囲気。

琵琶湖湖岸を散歩しながら、
ぜひそのブルーな感じを味わってみてください。